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危ない企画が出ない理由


糸井氏は本当に感性と頭脳が天才だな~と、いつも思う。こういう事をいつもじっくりと考えている人なのかなぁと関心しています。

そんな時に、以下の記事が目に付きました。
「屁尾下郎」氏のツッコミが世の中を詰まらせる

―― これってなんとなくみんながそうなってるって話で気持ち悪いですね。一般の人々がそうやって「官僚化」する瞬間は、どんなときなんでしょう。
糸井 それは、リスク回避をしたいときですよ。リスクを回避する、というのは、必ず「正義の側」につく、ってことなんです。
<中略>
―― とにかく先に「あいつが悪い」と言ったやつのほうが生き延びる。
糸井 そうなんです、「俺は悪くない」と言うとその時点ですでに犯人扱いになっちゃう。ましてや、「え、あいつって本当に悪いのかい?」なんて言ったら、もうその人はおしまいなんです。
 そういうやりとりを横で見ている連中は、「結局、一番うまくやったのは誰だろう」って勉強をしちゃう。だからみんな、自分のリスクを避けるために「屁をしたろう」「屁をしたろう」と、みんなで指を差し合っているわけ。そこでうっかり「したよっ」て言ったら一発でお縄ですよね。

サービスを運営していて思うのは、そこまで正義感発揮して突っ込まなくていいだろう?という人がいます。潔癖主義者なんだろうなぁと思って、対応した記憶がありますが、それも一部にはこうした官僚化した人達なのでしょう。

ところで、この話の本質として、リスクを回避したいときに、こうした官僚化が発生するという指摘について、思い出した事・気が付いた事がありました。

インターネット上のサービスでヒットする/しないは、勿論多大なる努力と労力や(場合によって)多大なるお金が必要だろうと思います。

また、もう一方でヒットしてくれないと努力やお金が無駄になる気がして、様々なリスクを回避したいわけです。

そうした葛藤が、毎日あるのがインターネット業界なのでしょうが、そのリスクを回避するシーンで、まさに官僚化した人が出現します。

例えば、とあるサービスを企画して、それなりのお金を必要とする場合、その出費を審査したり/検討したりするシーンでは、大ヒットサービスをプロデュースした経験があるのではないだろうか?とか、予知能力があるんではないだろうか?と思ってしまうような指摘が雪崩の様に襲ってきます。

それはそれで企画者当人のツメの甘さが露呈した部分もあるだろうから、考えておく必要があるわけです。(当たり前ですが)

しかし、そうした空気は気をつける必要があるわけです。この記事にもありますが‥

糸井 そうやって作り出す側が疲れちゃうと、「どう守るか」ということになりますよね。ちょっと危なっかしくても、新しくって思い切りのいい発言をするよりは、「何がセーフか」を意識しちゃう。「作る」ことよりも、「どこまでがセーフなのかを調べる」ことにばかりコストを掛けるようになる。

そう、(本当に糸井さんって天才だなぁ)ちょっと危ないくらいの企画の方が尖がっていて、うっかりすると血が出そうでドキドキとか、どうなるんだろうというワクワクするぐらいがいいんですが、初めから官僚的指摘を想定してしまってつまらなくなるのが残念というか、打破しないといけない空気・雰囲気なのだろうなぁと思いました。



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アット・ニフティストア

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