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「本当の稽古とは人の稽古を見ること」


通信教育やネット教育のようなものは、長続きしないで辞めてしまう人が多いと聞いた事がある。その原因を何となく考えた時に「学友」の存在がいないからではないか?と私は思っていた。(本当かどうか分からないけど)

やはり、効率性が高い反面、余程の根性がないとなかなか続かないものなのだろう。だが、教室で習っていると、他の生徒のうまい所とか、下手なところを見て、自分で修正を入れていることもある。それがないのも、自分の成長性が分からずに辞めてしまう理由の1つだろうと思った。

さて、先日の朝日新聞にとてもすっきりとした言葉が載っていたので、思わずタイプしてここに共有してしまう。(引用の範囲を超えないぐらいで…)

自分のやっていること、自分の力量。これほど分からないことはありません。
能力だけでなく、姿、形、所作も自分では見えない。
<中略>
踊りのお稽古などでもそれは顕著ですが、自分のお稽古そのものの時間より、待つ時間に意味がある。
じっと人をつぶさに観察し、あの人はこうすればいいのにと思う。それを自分の番になったら置き換えてやってみることが、すなわち学びになるのですね。
ところが現代は、自分の時間が来るまで他にいて、さっさと自分のお稽古だけ済ませて帰っていく。大切な学びがこぼれ落ちています。
上手な人に交じらなければ、上手にはなれないとも言われる。これは仕事にも当てはまるでしょう。すぐそばでいい仕事をする人間を見るとハッと気づくものがあるのです。
朝日新聞 2008年6月1日朝刊 「仕事力」(市川団十郎が語る仕事4/4より)

この他の人の仕事/所作をじっと見る。我が身を振り返る。その学習過程がとても大事、という非常に真を突いた言葉でした。
学ぶは真似るから始まったと言われる様に、この学ぶ姿勢の延長線上に、例えばロールモデルといった存在があるのかも知れません。

そういう意味では、その学ぶ過程のない職場、自分一人の職場(担当)、それはかなりダメという事かも知れません。

この「仕事力」にはさらに続きとなる教えがあります。

しかし、「安物買いの銭失い」という教訓通りの現状が、今の日本には散りばめられていると思います。
「あ、欲しい。でも高いから、安くて似たようなものを買おう」となる。高みにあって手が届かないなら、手に入れられる力をつける。その大切さに至らないのは、結局愚かですね。
自分のその本物に近づけることができない。つまり、いつまでたっても階段を上っていけないまま、妥協するクセがついた自分が残ってしまう。
そういう、間に合わせで自分を形作ってはならないと思います。
朝日新聞 2008年6月1日朝刊 「仕事力」(市川団十郎が語る仕事4/4より)

ここにロールモデルの原点があるのかも知れません。届かない目標に必死に食らいつく努力。120%が人を成長させると言われます。あと1歩届かないノックが野球選手を高く成長させるとも聞きます。それを自己に対して実践してこそ、自分を高い成長に持って行けるのではないか?と思った記事でした。




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