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ランディ・パウシュの最後の授業 − 自分は何を残せるのか


世の中でどれほど話題の輪が広がっているのかわからないのだが、同僚からとても感動的な話を聞いたので、その同僚のお勧め通り、まずはYouTubeから全編(1〜9)を見た。 多少のネタバレはご容赦頂くとして、考えさせられた事を記したい。なお、しつこい様だが、人によって楽しみ方があるだろうから、あくまでこれは私の感想である。 2〜3年前だと思うが、「万が一にも、残りの寿命が数ヶ月とか言われたら…」と考えた事が少しだけある。生命保険を切り替えた時に、ライフステージに合わせた保証金額を準備しないと、妻や子供達が困ると言うのだ。でもそれは一般的な数値的統計データで裏付けされた「計算表」でしかなく、私や家族の人生とか、そういう話とは実は無縁だ。だが、本当に自分の寿命が何の形で尽きるにせよ、その後について考えた時間だった。

このビデオを少しだけ見て、あまりの面白さに、平日の夜に見るのは夜更かし危険と判断して、土曜の夜に一気に見る事にした。それで、その面白さと共に私の脳裏にずっと居続けたのが、自分があと数ヶ月しか生きられないとしたら…という思いだった。
きっと、ランディ・パウシュ教授自身、そのショックとか事実を全て飲み込んで、そして行った「最期の授業」がこれなのだろう。

そしてもうひとつ自分自身で考えさせられたのは、自分は「何を残せるのだろうか?」という思いだった。この授業もかなり準備したのだろうが、私だったらどう準備して良いかさえ分からない。多くの人と同じく、私も何も残せないのではないか?という思いとか危惧だけだった。

その時にふと思い出したのが、以下のフレーズである。


When I was 17, I read a quote that went something like: "If you live each day as if it was your last, someday you'll most certainly be right." It made an impression on me, and since then, for the past 33 years, I have looked in the mirror every morning and asked myself: "If today were the last day of my life, would I want to do what I am about to do today?" And whenever the answer has been "No" for too many days in a row, I know I need to change something.
'You've got to find what you love,' Jobs says
17歳のとき以下のような引用文を読んだ。「毎日を人生最後の日であるかのように生きていれば、いつか必ずひとかどの人物になれる」。私は感銘を受け、それ以来33年間毎朝鏡を見て自問している。「今日が人生最後の日だとしたら、私は今日する予定のことをしたいと思うだろうか」。そしてその答えがいいえであることが長く続きすぎるたびに、私は何かを変える必要を悟った。
スティーブ・ジョブズのスタンフォードでの卒業式スピーチの日本語訳

そう、生きている人間はやはり「人生最後だとして悔いがないのか」がテーマとして日々を生きて行く事が、本当は大切な人生の「やり方」なのかも知れない、という思いを強くした。

(後半はかなりネタバレなのでご注意を…)

つい先日の7月25日に、残念ながらお亡くなりになられたとのことのだが、自分の夢を追い求め、そして他人の夢の実現の手助けが出来る「教育」という素晴らしい仕事を全うできて、本当に「毎日を人生最後であるかの様に」生きたという事なのかも知れない。

彼が授業で「なし得なかった」と言っていた「NFLプレーヤーになること」について、その続編となる、以下動画があったのでリンクしておく。

CMU prof joins Pittsburgh Steelers




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アット・ニフティストア

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